数々の格言とエピソードで知るスティーブ・ジョブスの生き方

スティーブ・ジョブズはアメリカ出身の有名な実業家であり、作家または教育者という顔も持ちます。

アップル社の共同設立者の1人であり、彼の名前は世界中に知れ渡っています。

病気のため56歳の若さでこの世を去ったのですが、彼の死に対して多くの著名人がコメントを発表しました。

生前彼はいくつもの名言とエピソードを残しています。

自分の人生に面白みを感じない人は、スティーブ・ジョブズの生き方を参考にしてみてください。

 

・スティーブ・ジョブズが残した格言・名言

 

★成功と失敗の一番の違いは途中で諦めるかどうか。

 

とてもシンプルな内容ですが、熱意を持ってビジネスを続けてきたスティーブ・ジョブズらしい言葉です。

 

★どんなマーケティングでも、駄作をヒットさせることはできない。

 

駄作ではない偉大な製品を打ち出せばマーケティングがなくとも世に浸透する、スティーブ・ジョブズの信念が伺える言葉です。

 

2本の二塁打より、1本のホームランのほうがずっといい。

 

他社にあるようなそこそこな製品ではなく自分たちでなければできないことを目指す、そして量よりも質というこだわりが込められた言葉です。

 

★偉業は1人では成し得ない。チームによって成し遂げられる。

 

彼は相容れない性格に耐えつつも相手をリスペクトし、バランスを考えることを重視していたのです。

 

★経営を上手くやるために仕事をしているわけではない。

 

彼にとって企業経営はお金のためでもなくマーケティングのためでもなく、最高の価値を作るためのものでした。

 

★シンプルであることは、複雑であることよりも難しい。

 

スティーブ・ジョブズには引き算の美学というものがあり、無駄を徹底的に取り除きシンプルにすることにこだわりを持っていたのです。

 

★安全にやろうと思うのは、1番危険な落とし穴なんだ。

 

ヒット商品が出ても安定した状況に甘えず、リスクを恐れずにイノベーションを起こし続けた男がスティーブ・ジョブズです。

 

★優れた芸術家は真似る。偉大な芸術家は盗む。

 

この言葉の元ネタピカソであり、彼は既存の良いものの価値を見抜いて製品化に活かすスキルに長けていたのです。

 

★真似しようとすら思わないレベルのイノベーションを続けろ。

 

他社や他人の優れた部分は参考にして、自分自身では真似を許さない革新を続けろという意味です。

 

★ベルは、電話を発明する前に市場調査などしたか?

 

電話を発明したベルの名前を出して、世の中に出回っていないものについて市場調査は無意味だと考えていたようです。

 

★ 旅の過程にこそ価値がある。

 

旅の終わりである結果のみを評価する経営者もいますが、スティーブ・ジョブズは旅の過程でどれだけ楽しいことをやり遂げたかを重視していました。

 

★僕は本当に好きなことしか続けられないと確信している。

 

彼は自らの仕事を愛しており、自分はこれが好きなんだという愛情を持っていたのです。

 

★重要なことに集中する唯一の方法は「ノー」と言うことだ。

 

意思決定が面倒で簡単にイエスと答えてしまうようなことがあれば、自分自身の日常のためにノーと答えた方が良いという教訓です。

 

★海軍に入るくらいなら、海賊になったほうがいい。

 

海賊がいなければ海軍はいない、つまり無法かもしれない道の方が世界を巻き込み面白いという意味です。

 

★残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか?

 

有名なペプシコーラの経営者ジョン・スカリー氏を引き抜く際、口説き文句としてこの言葉を放ったとされています。

 

・スティーブ・ジョブズはどんな人物だったのか?

 

世の人々が使用している有名端末は、スティーブ・ジョブズによって開発されました。

1985年には革新的で重要な技術の開発に対する貢献が評価されて、優秀な発明者に贈られるアメリカ国家技術賞を受賞しました。

果たして彼はどのような人物だったのか、見ていきましょう。

 

・・生い立ちから少年期まで

 

スティーブ・ジョブズはシリア人の父親とアメリカ人の母親の間に生まれ、その後すぐに養子に出されました。

幼少の彼はとても手のかかる子どもだったようです。

ヘアピンに電気が通るかが気になった彼は、それ確かめるためにコンセントにヘアピンを入れて感電した経験があります。

 

・・青年時代も破天荒だった

 

高校生のときに夏季インターンシップに参加し、彼は運命的な出会いを果たします。

後にアップルの共同設立者となるスティーブ・ウォズニアックと意気投合したのです。

2人はある記事がきっかけで無料で長距離電話に興味を持ち、スタンフォード大学の図書館に侵入して資料をチェックしオリジナルのブルー・ボックスを作ったのです。

ちなみにこれらの行いは不正です。

 

・・アップル社を設立する

 

ウォズニアックはマイクロコンピュータを開発し、それは後にApple Ⅰと呼ばれるようになります。

しかし開発当時は理解してくれる企業がなく、スティーブ・ジョブズは彼とともに悩みました。

2人は資金を集め、Apple Ⅰを売り出す決意をしました。

そのための社名をどうするか考えているとき、スティーブ・ジョブズの方からアップルという名前を提案したのでした。

 

・・彼の死を多くの人々が惜しむ

 

病気が原因で56歳で亡くなった彼を死に多くの人々が悲しんだようです。

亡き骸はパロアルトの無宗派墓地に埋葬されました。

当時の大統領だったバラク・オバマ氏が弔意を表明し、スティーヴン・スピルバーグやビル・ゲイツなどの大物たちもコメントを出しています。

 

・スティーブ・ジョブズの有名なエピソード

 

彼が残したエピソードからも、普通や常識という言葉が通じない人物だったと伺えるでしょう。

残されたエピソードの中から、有名なエピソードを紹介します。

 

・・PCが大嫌いだった

 

彼の手によって有名な携帯端末が誕生しましたが、実は大のPC嫌いという一面がありました。

PCを売るくらいなら犬のフンを売った方がましだ、と発言したこともあったようです。

しかし彼がいなければパーソナルコンピュータであるMacは、誕生しなかったと言われています。

 

・・愛車にはナンバープレートをつけていなかった

 

日本では考えられないでしょうが、スティーブ・ジョブズはナンバープレートをつけずに愛車に乗ることを楽しんでいたのです。

これは新車は半年以内にナンバープレートを付ければ良いとする、カリフォルニア州の法律に従ったものです。

彼は半年ごとに新車を購入し、車にナンバープレートをつけない生活を過ごしていたのです。

 

・・完成した試作機を水の中に入れた

 

有名なiPodの開発時、長い開発期間を経て試作機が完成しました。

スタッフたちがそれをスティーブ・ジョブズに見せたところ、なんと彼は試作機を水槽の中にぶち込んだのです。

徹底した薄さがテーマだったようで、もっと薄くしろと命令を出したのでした。

過激な行動だったかもしれませんが、仕事に対する熱意が伺えるエピソードです。

 

・まとめ

 

スティーブ・ジョブズの発言な過去の行動などをチェックすると、変わり者と思う人もいるかもしれません。

しかし彼の格言には簡単にあきらめないことや楽しむ気持ちを重視するなど、まっすぐ綺麗に伝わるものもあるでしょう。

何か大きな結果を出したい人はスティーブ・ジョブズのすべてを真似できなくても、できる範囲で彼を意識してみると良いです。

今までの人生観や仕事観が大きく変わり、今まで見えなかったものが見えるかもしれません。

 

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