ジョン・レノンの名言散歩

ジョン・レノンはイギリスが生んだ世界的有名なバンド「The Beatles」のメンバーの一人です。リード・シンガーとして、ギターリストとして活躍したジョン・レノンはアーティストとしてどのような名言を残したのかをご紹介します。

世界平和を歌ったジョン・レノンが残した名言

 

ジョン・レノンは、英国リヴァプールが生んだロックバンドである「The Beatles(ザ・ビートルズ)」で活躍した歌手です。 今も多くの人に歌いつがれている曲を残したバンド「The Beatles」で、多くの楽曲を手掛けたジョン・レノンは、歌の中でも人々の心に残る詩を書いています。また、私生活でもユニークな名言を残しています。

ジョン・レノンの生涯

1940109日に英国リヴァプールに生まれたシンガソングライターです。生みの母であるジュリアの姉にあたるミミおばさんに育てられます。 両親がいながらも、おばに育てられた少年時代は、地元では喧嘩が絶えない不良でした。 エルビスプレスリーに触発されギターをひくようになり、その後、セントピーターズ教会の裏庭で、のちにビートルズを組むポールマッカートニーと出会います。 そんな彼が残した名言の1つが下記です。 ・「エルビスがいなければ、ビートルズだってうまれなかった」 そんな風に感じていたジョンレノンですが、ポールマッカートニーとの出会いが彼の人生を変えました。ビートルズとして活動をしながら、「レノン・マッカートニー名義」で、多くの名曲を残すほど偉大なシンガーソングライターとなります。 ビートルズがレコードデビューを果たすのは、1962105日のことですが、その前の1962823日にシンシアパウウェルという女性と結婚します。二人の間には、ジュリアン・レノンがいます。 1966年ビートルズ絶頂期に、ジョン・レノンが言った「キリスト発言」が物議をかもします。このことを受けてビートルズはツアー休止し、その期間ジョンは前衛アーティストであった小野洋子の個展を見に出かけます。 それが小野洋子こと「ヨーコ・オノ」との出会いです。1969年ヨーコと結婚後に、ジョンレノンのソロでの活動は過激に、活発となっていきベトナム戦争に反対し、平和運動に傾倒します。ジョン・レノンと小野洋子の間には、一子ショーン・レノンがいます。 ニューヨークの自宅ダコタアパートの前で、マークチャップマンが銃でジョン・レノンを殺害します。それは1980128日のことでした。

ソロでも人気 ジョン・レノンの名言とは

 

ジョン・レノンのソロ活動は、ビートルズが事実上解散する前にから始まっており、80年代に向けてさらに精力的に活動しようとしていました。時代の流れやオノヨーコという前衛アーティストに触発されたのもあり、平和を願う名言が多いのが特徴です。 ・「愛と平和は永遠だ」 ・「君が一人で夢を見るのは、単なる夢。もし一緒に夢を見れたらそれは現実なんだ」 ジョンレノンのソロとして大ヒットの「イマジン」では、ジョン・レノンの平和への思いがたくさん綴られています。 ・平和を試してみよう!僕らが言ってるのはそれだけだ。 ヨーコ・オノと出会う前から、オリエンタリズムに興味があったジョン・レノンは、アートパフォーマンスを通して、ヨーコと一緒にとてもポジティブに平和を訴えていく活動をします。

歌と同じく心に語り掛けるジョン・レノンの名言の数々

歌い手、作詞作曲家、画家、また平和主義者であったジョン・レノンの言葉は、歌とは切り離すことができない関係です。歌詞の中にも多くの名言が残っていますし、アーティストとして活動中に受けたインタビューの中にも多くの名言が残っています。  ・「心を開いて「Yes」って言ってごらん。すべてを肯定してみると答えがみつかるもんだよ。」 小野洋子の個展を見に行った時に、もしもそこに書かれていた言葉が「Yes」出なかったなら、ジョン・レノンと小野洋子に未来はなかったともいわれています。 世界平和がどんなに大変なことでも、肯定的でポジティブな言葉「Yes」は、ジョンには大変力強くサポーティブな言葉として響いたのではないでしょうか。 ・「僕らは、自分のすばらしさと不完全さのなかで、何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。」 人として完璧すぎないからこそ、ジョン・レノンという人物は、やさしさを持ち、人を愛せることができたのではないでしょうか。だからこそ、ジョンはまずは完全でない自分のことを、自分が一番に愛するようにと問いかけます。 ・「他人が、君が誰であるかだとか、君のことをどんな人物であるかということを指摘するような人を、君は必要とすることはない。だって君は君でしかないのだから」 ありのままの「あなた」で、いいというジョン・レノンの言葉に心癒される人が多くいるのではないでしょうか。事実、彼はショーン・レノンが生まれたころから数年間を今でいう「イクメン男子」としてハウスハズバンドとして生活をしています。 ・「正直者でいると、たくさんの友人を作ることはできないかもしれない。でも、正直でい続けることで、常に真の友達を得ることができるさ」 今以上に風当たりが強かったかもしれない80年代に、男が子育てをしていたのですから周囲にどんなことを言われたかわかりません。でも、そんなことジョンにとってはお構いなしだったのでしょう。 ・「人生は短い。だから友よ、空騒ぎしたり、争ったりする暇なんてないんだ。」 40歳で、思いもよらない事件のために命を落とすことになったジョン・レノンがいう人生が短いという言葉は、重みがあります。 ・「誰かがどこかで君を愛しているとか、いつどこでどのように君のことを誰かがすきであるかなんて全く関係のないことだ。君が愛するということの方がもっと重要だ。」 相手が何を言おうと、争ったりする時間は本当に惜しいものです。そんなことを気にしているうちに、命のろうそくは絶えてしまうことだってあるかもしれません。 ジョン・レノンのような有名人に、全員がなれるわけではありません。また、大半の人は、平凡に死んでいきます。ジョン・レノンのような、死が待っている人のほうが希でしょう。 そして人生というのは、ジョンだけでなく多くの人がいうようにはかなく短いものです。 ・「楽しんで無駄にした時間は、無駄じゃない。」 ・「自分の心は 自分でめんどう見なきゃ。かわりなんか誰もつとめちゃくれないよ。」 他人の言葉に惑わされて、自分の人生をつまらないものにしないためにも、相手がいったことは適当に流すという力が必要です。これは今のSNSの時代にも言えるのではないでしょうか。 ・「根本的な才能とは、自分に何かが出来ると信じることである。」 そして、自分を信じる力、夢を見る力が必要だともジョンは訴えかけます。自分を信じることができる力がジョン・レノンにはあったからこそ、多くの人と平和を夢見ることができたのでしょう。  ・「心の中のヴィジョンは、現実になるんだ」  

まとめ

 

ジョン・レノンが今も愛されている理由とはいったい何なのかを考えた時に、彼が歌として残したこの名言に表れているといえます。 「愛こそすべて」 寂しい少年時代を過ごし本当の両親の愛に飢えていたからこそ、自分を愛し、人を愛し、死ぬまで人間を信じて平和を訴え続けたジョンレノン。 彼の優しく、時にはとても人間臭い名言の数々に耳を傾けながら、「ジョン・レノン」が作った曲を聞いてみるのもいいでしょう。

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