坂本竜馬の名言散歩

坂本竜馬は、江戸幕府から新しい時代へ導いた重要な人物です。現代でも多くの竜馬ファンが存在します。 ほかの人と違う観点を持っていたことから、フレキシブルな対応ができた坂本竜馬。最後は暗殺という悲しい結末で人生を終えました。 坂本竜馬が残した多くの名言は、現代の私たちにも役に立つものばかり。今回は坂本竜馬の人生から生まれた名言をご紹介します。

数々の名言を残した坂本竜馬の人生

 

坂本竜馬は18351115日、高知県で生まれました。姉の乙女をとても慕っており、これからお伝えする名言でもその様子がわかります。 14歳から剣術を習い始め19際には江戸へ剣術修行に出掛けています。27歳になった坂本竜馬は、土佐勤王党に加盟します。しかし「志のあるものが立ち上がらなければいけない」という教えをもらうと、土佐へ戻った翌月に脱藩します。 脱藩とは、わかりやすくいうと、パスポートなしで国外を出ると同じこと。土佐藩の手形を持つことなく再び江戸を目指しました。 ここで勝海舟の弟子入りを果たします。勝海舟の私塾への入門、そして海軍の修行に励んだ坂本両派は、勝海舟の片腕にまで成長。勝海舟の使者として1864年には西郷隆盛とも面会しています。 1865年には、長崎で日本初となる「亀山社中」という商社を立ち上げました。 この亀山社中の組織を利用し、実現したのが薩長同盟。坂本竜馬が薩摩藩と長州藩の仲を取り持ったのです。当時、薩摩藩と長州藩は犬猿の仲でした。仲を取り持ったことで、江戸幕府へのより強固な関係が築かれます。 伏見の寺田屋に宿泊した際に、坂本竜馬は伏見奉行所の役人に襲われ、その傷の手当てをしたのが、のちの奥さんとなるお龍です。二人は日本で初めてといわれる新婚旅行をしました。これは坂本竜馬の療養も兼ねたものです。 坂本竜馬の業績はこれだけではありません。 蝦夷(北海道)や島根県の竹島の開拓を考えたのも坂本竜馬です。坂本竜馬は、日本の領土や経済にも長けた人物でした。 長崎で立ち上げた「亀山社中」は、のちに「海援隊」と名称を変更。その隊長として坂本竜馬は就任しました。順調な業績をたどっていた坂本竜馬ですが、18671115日、教徒の近江屋にて暗殺され生涯を終えました。この日は、くしくも33歳の誕生日。この暗殺は今だ謎に包まれています。

坂本竜馬の名言は現代にも通じるものばかり

 

坂本竜馬は江戸幕府から近代化への礎を築いた人物の一人。当時の様子がうかがえる名言はもちろん、現代の私たちにも心に刺さる名言が数多くあります。 それではテーマ別に名言を見ていきましょう。

当時の坂本竜馬の様子がうかがえる名言

西郷隆盛と面会したときの名言は、とても有名です。  

われ、はじめて西郷を見る。その人物、茫漠としてとらえどころなし。ちょうど大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り。大きく叩けば大きく鳴る

これは坂本竜馬が西郷隆盛と面談後に、勝海舟に伝えた言葉です。坂本竜馬は、西郷隆盛と面会したとき、よくわからない人物だとうたっています。 これを聞いた勝海舟は「坂本竜馬は見極める力がある」と称しました  

日本を今一度、洗濯いたし申候

親愛する姉「乙女」へ送った手紙に書かれていた言葉です。 本来の日本を取り戻したいという覚悟を決めた言葉。江戸幕府の膿をキレイに流すという意味で「洗濯」という例えが使われています。 坂本竜馬は、諸外国への興味が人一倍強い人でした。そのため、閉鎖的な日本を批判。また己の欲を優先する役人に嫌気がさしており、このままでは日本は衰退すると危機感を覚えていました。 新たな日本を作り上げたいという、強い決意がうかがえます。

現代にも通じる坂本竜馬の名言

坂本竜馬の名言を見ていると、時代が違っても人は考えることが同じだということがよく分かります。また何でもそろう現代だからこそ、坂本竜馬の言葉は胸に刺さり、私たちも気持ち新たに行動していかなければいけないと考えさせられます。  

疲れちょると思案がどうしても滅入る。よう寝足ると猛然と自信がわく

司馬遼太郎「竜馬がゆく」に書かれている名言です。 日々仕事や勉強などに疲れていませんか?疲れがたまるとあらゆる思考能力が低下します。このことは坂本竜馬も当時から分かっていたようで、睡眠をしっかりとれば自然と前向きな気持ちになれて、意欲と自信が付いてきます。 今の生活習慣を見直す、いいきっかけですね。  

人として生まれたからには、太平洋のように、でっかい夢を持つべきだ

こちらも司馬遼太郎「竜馬がゆく」からの言葉です。 地球上の生物で、人間だけが夢を持て実行に移せます。坂本竜馬が言うように、大きな夢を持ってみませんか?今はたとえ叶わなくても、願えば夢は叶うとされています。 どんな夢でもいいんです。仕事であれば部署で1位になるや昇格するなど。またこれからの人生設計に夢を抱くのも楽しみです。 いろんな可能性を信じて、挑戦していきましょう。  

何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり

先ほどの名言と通じるものがありますが、志がなくだらだら日々を送っているのはバカげていると言っています。 坂本竜馬としては目標を持つことが大事だとうたっていますが、これは現代にもいえることです。だらだら日常を過ごして、のちに後悔する人生はもったいない。大きな目標が持てない場合は、小さな目標でも構いません。 小さな目標の積み重ねが、やがて自信となり大きな目標へとつながっていきます。  

時勢に応じて自分を変革しろ

時と場合に応じて、柔軟な対応をするよう説いています。これは今でもいえることです。忙しい毎日の中、突如変化する環境に戸惑う人も多いでしょう。そのような場合に備えて、日頃から柔軟性を持つことは大切です。 この柔軟性が養えば、今後起こりうるトラブルにも冷静に対処することが可能。今後の肥やしと思って、意識改革することも必要です。  

俺は議論はしない、議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ

坂本竜馬は当時としてはめずらしく、立場の違う人の意見もしっかり聞き、いいと思ったところはどんどん吸収する人間でした。そのため、彼には「議論する」という定義がないのでしょう。 社会において、議論が必ずしも不要とは限りません。坂本竜馬がいいたいことは、「人の生き方は変えられぬ」という部分。議論して、相手が心から納得すれば問題ありませんが、そうならない場合がほとんど。つまり人の考え方や生き方は他人が変えることは難しいんです。 人間十色。いろいろな考えがあってもおかしくありません。 まずは人を変えるという考え方よりも、自分が変わっていくことを推奨している言葉です。  

金は欲さなくても人の器を見て付いてくるもの。世間の人にアッと驚かれるような大業を成せば、後は資金なぞついてきて自然と集まるものである

坂本竜馬は、人脈は業績を大きくすればいずれお金も自然と集まってくるとうたっています。たしかに目先の収入だけに飛びついても、人間性が伴っていなければ、いずれ人は離れていきます。 その前にすべきことは、自分磨き、そして後世に残せるような立派な業績を残せば、それだけでも人は集まります。人はお金ではなく、人そのものを見ているということ。 世間が驚くような、または同僚や上司が尊敬するような仕事をすれば、収入も自然とアップするということです。

まとめ

 

とくに男性にファンが多い坂本竜馬。彼のブレない考え方、周囲を気遣う志に共感する部分が多いです。 33歳と短い人生でしたが、その間でも日本に大きく貢献した坂本竜馬。彼のような生き方を真似て、人間的にも大きく羽ばたきましょう。

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