ガンジーの名言散歩

インド独立の父として世界中にも知らない人がいない、マハトマ・ガンジー(=マハートマー・ガーンディー)、彼が大英帝国からの独立運動を指揮したときに時に「非暴力、非服従」を提唱したことは有名です。 ガンジーの身なりを見て貧乏な家に育った奴隷であったと勘違いする人も多いですが、実はお金持ちの子で弁護士として活躍していました。 そんなガンジーの人生と名言を深堀りしてお伝えします。

数々の名言を残したガンジーの人生

 

大英帝国時代、現在のグジャラート州の港町ポールバンダルで、ある一国の大臣をしていたお金持ちの子供としてガンジーは生まれます。 何不自由なく育ったガンジーはイギリス式の小学校に通い、差別されることもなく育ちました。小学校時代はやんちゃで、ヒンズー教で禁止されている食べ物を口にしたり、タバコに吸ったりと、今でいう不良タイプだったそうです。タバコ代が足りないときは、家で働いていた召使いからお金をくすねていたと自伝でも語っています。 またインドの慣習によって、13歳で生涯をともにする商人の娘カストゥルバと結婚しました。この時期ガンジーは、イギリス紳士に憧れをもっていました。 ですがその後、運命は大きく変わる体験をすることで、数々の名言を残すことになります。

弁護士を目指してイギリスに留学

裕福な家庭に育ちましたが、ガンジーが大きくなるにつれて家庭の台所事情も厳しくなり、そのうえ父親を亡くしてしまいます。 その当時、イギリスに留学して法律を勉強して、弁護士になるのがお金持ちになる方法であった為、末っ子のガンジーは家族から支援されてイギリス留学をします。 母親からも酒や女を立つように命じられ、兄弟の期待を背負ってイギリス留学します。この当時からガンジーの意識に変化が生まれ、猛勉強して学校でも一目置かれる存在になります。また肉を立つことで、ベジタリアンに目覚めました。

弁護士になり南アフリカへ

イギリスの法廷で仕事をするようになっていたガンジーですが、仕事は上手く見つかりませんでした。 そんな時に、南アフリカで働くインド人の弁護士としての仕事がまいこみます。当時南アフリカはイギリスの植民地で、たくさんのインド人が南アフリカで働いていましたが、インド人の弁護士が一人もいませんでした。 南アフリカにたどり着いたガンジーは、初めて人種差別を受けることでした。汽車に乗れば切符を所持していても、人種差別されて降ろされ、通りを歩けば、欧米人専用道路だと言われ暴力を受けます。 挫けそうになったガンジーですが、この状況を見過ごすことができません。頼まれていた仕事の期間が終わっても南アフリカに残り、人種差別と戦うことを選びました。 南アフリカで約20年間人種差別の為に戦ったガンジーは、その後故郷のインドに戻ります。 南アフリカでのインド人差別に対する法案の廃止などの功績を認められ、インドで国民議会派の中心人物となり、インド独立運動に関わっていくのでした。

ガンジーの名言は現代にも通じるものばかり

 

ガンジーは決して自分にできないことは、他人に押し付けたりしませんでした。 そしてまた一人の人間にできることは、万人にも可能だと信じていました。だからこそ常に行動で示そうと努力していました。そんなガンジーの名言は、現代にも通じるものがたくさんあります。

目的を見つけよ、手段は後からついてくる。

ガンジーはいつでも挑戦していました、南アフリカで「アジア人登録法」(8才以上の全てのインド人は、指紋を提出し登録証明書を常に携帯し、違反者は無条件で投獄あるいは南アフリカから追放される)の法案ができた時も、撤廃を求め一人先頭に立ってデモ活動を行いました。その度に何度も捕まり投獄されますが、決して諦めません。目的があるなら手段は後からついてくる、だから恐れずに踏み出せばいいとアドバイスしてくれています。

速度を上げるばかりが人生ではない。

コスパやスピード重視になっている現代には響く、ガンジーの名言です。 効率性重視だけの人生を歩むことが、必ず正解ではないことを伝えています。 時にはスピードを緩めることも大事で、そこから見える景色もあります。スピード重視にすると自己中心的な行動や言動が目立つようになり、心身のバランスをずっと保つのが難しくなります。

世界を変えたいなら、まず自分が変わりなさい。

これはガンジーの言葉を凝縮した言葉で、一番有名な名言です。 世界は自分の写し鏡にすぎない、外界にあるすべての傾向は自分自身にあると。だからこそ、世界を変えたいなら、まず自分が変わるしかない。 多くの人は、自分を変えることを怖がっています。ガンジーはこの言葉の通り、自分が変わり、世界を変えた人です。

永遠に生きるかのように学べ、明日死ぬかのように生きろ

心に刺さる、ガンジーの名言です。生きる時間を逆計算して、歳を重ねると新しいことに挑戦するのを諦める人もたくさんいます。 常に明日死んでも後悔しない生き方をするのは、アップルの創業者でもあるスティーブ・ジョブズにも通じているものを感じます。 いつの時代にも、人の心を動かす人は全力で生きています。

何か信じるものがあるのに、それに従って生きない人間は信用できない。

常に自分の信じることを実行してきたガンジーの名言、人は時に自分の信念を曲げることがあるが、そんは人間として間違っていることを伝えています。

目には目をというやり方では、世界中の目が潰れてしまう

植民地支配が広がり、そして第二次大戦と世界中が血で血を洗う争いを繰り返していた時代、暴力では何も生み出さないことを痛烈に批判しています。

人間はその人の思考の産物にすぎない、人は思っている通りになる。

ガンジーの思想が垣間見える名言です、思考は現実化すると言われるものですが、人は弱い心に負けて悪いこともすることがあります。 仏教の因果応報に通じる考え方で、ガンジーの生涯がそれを証明しています。 平和への道はない、平和が道である 平和を愛して、人が平等な権利を持ち、自由になるために活動を続けたガンジー、彼が歩いた道は平和への道ではなく、平和が道であったと伝える名言です。

弱い者ほど相手を許すことができない、許すということは強さの証だ。

ガンジーの死因は、ヒンズー教過激派によって、演説中に銃弾を打たれたことでした。 その時ガンジーは、イスラム教で「あなたを許す」という意味合いがあるイスラム教の作法をして額に手を当てたといわれています。 ガンジーは銃弾に打たれてまでなお、人を憎む気持ちを持たず許すことを選びました。

強さとは身体能力ではない、それは不屈の意志から生まれる。

まさに、ガンジーにふさわしい名言です。暴力に頼らず、植民地解放を実現して、人種差別に立ち向かっていった姿は、誰よりも力強く、そして心の奥底から湧き出る不屈の意志から生まれていました。 ガンジーの意志はそれから世界各国に影響を及ぼし、世界に平和的解決方法があることを示しました。強い意志をもっていれば、どんなことも実現可能であることを伝えてくれています。

まとめ

 

本記事では、ガンジーの生い立ちから名言まで紹介しました。偉人の名言というのは、どんなに時代が変わっても心に響きます。 特にガンジーが生きた時代は、写真や映像としてしっかりと残っていて、彼が行った「非暴力・不服従」運動は映像として記録されています。それがどんなに茨の道だったのか、それでも信念を曲げず人を恨まず人を信じて生きたガンジーは本当に素晴らしい人です。

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