オードリー・ヘップバーンの名言散歩

「ローマの休日」や「ティファニーで朝食を」などの数々の名作のヒロインを務めたことで有名なオードリー・ヘップバーン、彼女の美しさは現代でも語り継がれるほどその美貌を羨む女性は後を絶ちません。

そんなトップスター女優は、たくさんの人たちの心に響く数々の名言を残していることをご存知ですか?今回は、そんな大女優であった彼女が残した名言の数々をご紹介致しましょう。

名言を持つオードリー・ヘップバーンという人物について

19501960年代を代表する女優「オードリー・ヘップバーン」、ハリウッドの黄金期のトップ女優として輝き続けた彼女は、数々の名作映画に出演し、アカデミー賞やグラミー賞などを受賞した人気女優です。

ベルギー生まれのオードリー・ヘップバーンは、ファッショニスタとしても名高く、1960年代のファッションアイコンとしても有名です。

オードリー・ヘップバーンの名作

オードリー・ヘップバーンの代表作といえばやはり「ローマの休日」でしょう。

グレゴリー・ペックを相手役に名演技を発揮、そして可愛らしいお姫様が街へと繰り出す様子はとっても愛らしく、当時の女性たちの憧れの的となりました。

さらにその数年後には「ティファニーで朝食を」が大ヒット、彼女の人気は止まることを知らなかったと言われています。

オードリー・ヘップバーンの魅力

オードリー・ヘップバーンの魅力といえばその美貌と優れた知性を兼ね揃えた女性であることは皆様もご存知でしょう。

女優である前に一人の女性としての立ち振る舞いは、まさに女性の鑑であり、当時の女性の憧れそのものであったことは言うまでもないでしょう。

オードリー・ヘップバーンの名言

 その美貌と演技で多くの人々を魅了した彼女は、数々の言葉(名言)とエピソードを残しています。それではまず、彼女の生き様が垣間見られる名言の数々を是非、ご覧ください。  

  • 「わたしにとって最高の勝利ということは、ありのまま生きることができるようになったこと、そして自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。」
  • 「自分自身に対して100パーセント率直になって、欠点から目をそらさずに正面から向かい合い、欠点以外のものに磨きをかけるのです。」

ありのままで生きられるようになるということは、すなわちありのままの自分を受け入れることでしょう。人はみな、どこか自分の欠点から目を背けてしまいがちです。

しかし、彼女は欠点から目をそらさずに受け入れる強さを持っていました。その欠点と向き合うことで自分を受け入れ、気持ちが軽くなり、さらには他人の欠点さえも受け入れることができるという彼女らしい前向きの強さを感じられる言葉でしょう。

さらに言えば、世界中の女性たちにファッションや髪型などで影響を与えた彼女にも実はその容姿にもコンプレックス(胸が小さいことや背が低いことなど)がありました。

でも、それに向き合い受け入れることから、欠点以外のところにスポットを当てて自身の美を高めたようです。 

  • 「チャンスなんて、そうそうめぐってくるものではないわ。いざめぐってきたら、とにかく自分のものにすることよ。」

チャンスはいつ巡って来るのかは誰にもわかりません。 しかし、そのチャンスのために常に努力を惜しまない、そしてそのチャンスが巡ってきた時、いかに結果を残すことができるか勝負の鍵となります。

日々の努力こそが、巡ってきた時に日頃の成果を発揮できるよう準備が必要ということでしょう。  

  • 「いわゆる天賦の才に恵まれていると思ったことはないわ。仕事を心から愛して、最善を尽くしただけよ。」
  • 「私は自分を美人だと思ったことがありません。」

多くの女性にとって憧れの対象だったオードリヘップバーンですが、とても謙虚な言葉ですね。

そして、何事も努力を惜しまず女優人生を貫いた彼女ならではの一言、最初からなんでもできる天才はいない、みな何事にも努力をしてこそそこに結果がついてくるということなのではないでしょうか。  

  • 「いばる男の人って、要するにまだ一流でないってことなのよ。」

短い名言ながらも男性なら胸に突き刺さる言葉なのではないでしょうか。

男性は、女性に比べて経験を重ねることで磨きがかかります。いい時ばかりではなく、辛いことを経験することでより魅力的な男性へと進化を遂げていきます。

「いばる」ということの無意味さ、そんなことが感じられる一言ではないでしょうか。  

  • 「どんな日であれ、その日をとことん楽しみむこと、ありのままの一日。ありのままの人々。過去は、現在に感謝すべきだということを私に教えてくれたような気がします。未来を心配してばかりいたら、現在を思うさま楽しむゆとりが奪われてしまうから。」

過去の自分があるからこそ、今の自分がある、そして今の自分があるからこそこれから進んでいく道があります。

いいことがあった時も失敗したと感じた時も、その日をその日らしく楽しむことで自分への経験にも繋がっていくでしょう。   

  • 「わたしたちはすべてのものを失いました。家や持ち物、そしてお金も。でも、少しも悲しいことはありませんでした。家族全員が無事に生きている、そのことが何よりも有難かったのです。」

戦争時代に直面したオードリー・ヘップバーン、彼女が経験した悲惨な体験の中での一つの光が家族だったのでしょう。

他には何もいらない、ただ家族が無事であったということは、これから手を取り合っていくらでも立ち上がることができます。 大変な時期こそ家族がそばにいる有り難み、そして健康でいることに感謝してみてはいかがでしょうか。  

  • 「愛は行動なのよ。言葉だけではだめ。言葉だけで済んだことなど一度だってなかったわ。私たちには生まれたときから愛する力が備わっている。それでも筋肉と同じで、その力は鍛えなければ衰えていってしまうから」

この言葉は、愛にも全力だったという彼女の生き様が感じられる言葉です。言葉は言葉でしかありません。しかし、行動は相手にとって様々な効果を表すでしょう。

そして、行動をしなくなるとその行動の仕方すら忘れてしまいます。言葉より行動で示すことが、よりお互いの絆を深くすることができるのではないでしょうか。  

  • 「母から一つの人生観を与えられました。それは他者を優先しないのは、恥ずべきことでした。そして自制心を保てないのも、恥ずべきことでした。」

自分の私利私欲のみに心を動かし、他人に目を背けてしまうことは非常に残念なことです。

彼女が自分の母親から学んだこと、それがきっと映画の世界にも表れていたことで魅力が倍増したのでしょう。

晩年の活動もこの、母親の言葉が彼女を動かしたのではないでしょうか。  

  • 「何より大事なのは、人生を楽しむこと。そして幸せを感じること、それだけです。」

人生の生き方に迷いを感じたとき、楽しみや幸せについて考えてみると良いかもしれません。

「人生」は誰のものでもなく自分だけのものです。 人生を楽しみに少しでも多くのことに幸せを感じることができる人生は、きっと素晴らしい人生だったと胸を張って言えるのではないでしょうか。

  • 自分を客観的に見なくてはなりません。ひとつの道具のように自分を分析するのです。

 自己満足だけで自分の美を決めるのではなく、冷静に客観的な分析をすることが重要となります。

  •  ファッションは間違いなく私にとって夢中になれるものね。

 オードリヘップバーンのファッションのこだわりは、自分に合うものを慎重に選ぶことだったようです。

  •  私のルックはすぐ真似できるわ、大きなサングラスとノースリーブドレスを着ればね。

 ティファニーで朝食をという映画の中で使用されたドレスは、オークションで90万ドルもの価値が付けられました。

  • 愛情に怯えたりはしません。でも、愛情が失われることには怯えています。

 ナチス占領下のオランダで生き延びた経験を持つ彼女は、このように愛の大切さについて重みのある言葉を残しています。

  •  この暴力的な世界に一時の休息をもたらせる、そんなビジネスの一員であることを誇りに思っています。

 1993年に米映画俳優組合の特別功労賞を受賞した彼女は病気で表彰式に出席できず、代理人がこの言葉を読み上げたのでした。

  • 美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。

 汚い言葉や厳しい言葉を使ってしまうと違和感が心に残り、美しい生き方ができなくなります。

  •  美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。

 先ほどの言葉と同じように、他人の美しい部分に目を向けることもとても重要です。

  • 愛は行動なのよ。言葉だけではだめなの。言葉だけですんだことなど一度だってなかったわ。私たちには生まれたときから愛する力が備わっている。

 言葉だけで行動がないと、後悔してしまうことがあるかもしれません。

  •  愛されるより、愛することの方が大切だと思います。

 愛されることは素晴らしく有難いことだけど、それが行き過ぎて、愛されることばかり求めていたのでは、心穏やかにはなりませんね。それに対して、みずからの方から「愛することの喜び」にはとても大切で、素敵な心の音色があります。

  • 「最も可愛い女の子は、幸せな女の子だって信じてるわ。」

 「自分自身が幸せ」だと気づくことも「最も可愛い女の子」の条件なのですね。

オードリヘップバーンの有名なエピソード

 それでは、世界に世界中の女性たちの憧れと言われていた彼女のエピソードの中から、有名なものをいくつかピックアップして紹介します。

女優としてだけではなく、人としての魅力がわかることでしょう。 

・・コンプレックスのかたまりだった

 オードリヘップバーンが残した言葉から、強いコンプレックスを持っていたことが伺えるでしょう。

当時のハリウッドではグラマラスな女性の人気が高く、彼女はガリガリと言われていたようです。

しかし辛い経験からコンプレックスから目をそらさず、弱さを受け入れる強さを得たのかもしれません。

 

・・サブリナパンツが流行した意外な理由

 

主演作品の1つである麗しのサブリナの中で、彼女は細身の女性用ズボンを履いていました。

そのズボンをサブリナパンツと言うのですが、オードリヘップバーンが履いていたということから人気となったのです。

ちなみに彼女自身はリラックスした気楽なものが好きだったようです。

・・晩年はユニセフで活動

 女優業から姿を消した晩年は、ユニセフ活動に参加し、恵まれない子供たちへの支援に積極的に取り組みました。

アフリカや中南米を中心に世界50カ国以上の国々のユニセフ親善大使とし、貧しい人々のために援助を続けました。

時には絶望感すら覚えた彼女はそれでも世界中の人々のために活動や支援を続け、奇跡を信じない人は現実主義者とは言えないと発言したのでした。

それでは、最後に今一度、オードリー・ヘプバーンの人生を見ていきながら、彼女の残した珠玉の名言に想いを馳せて味わってみましょう。

「名言」といわれるものは、その方の生きざまに深く結びついているものです。

オードリー・ヘプバーンの名言の背景としての彼女の生い立ち・人生。

・・少女時代は過酷だった

 

オードリヘップバーンは192954日、ベルギーの首都ブリュッセルのイクセルで産声を上げます。

彼女の父ジョゼフは過激なナチズムの信奉者であり、家庭を捨てて出て行ったのです。

第二次世界大戦の影響で彼女や彼女の周囲の人々も大変だったのですが、それでも懸命に生き延びたのでした。

 

・・バレリーナとして歩むこととなる

 

1945年に第二次世界大戦は終結を迎えます。

その後、母エラとともにアムステルダムへと移住したのですが、彼女にはバレリーナとしてのキャリアがありました。

1948年には映像作品に初出演しており、ロンドンへと渡りあるバレエ団に参加します。

しかし第二次世界大戦の影響で十分な栄養が摂れず体格の問題があった彼女のバレリーナとしての夢は潰え、演劇の世界で生きることを決意したのでした。

・・女優としての活躍

 1951年にフランス語と英語で撮影されるモンテカルロへ行こうという作品の出演オファーを受け、彼女はロケに参加します。

フランス人女流作家シドニーは主演女優を探していたようで、そのときにオードリヘップバーンを見つけます。

この作品では、主役はジジという役名でした。

私のジジを見つけたわ、とシドニーが発言したというエピソードが残っています。

後にローマの休日に出演したオードリヘップバーンは、女優として人気者となり、ブロードウェイを経て数々の賞を総なめする大女優への道を歩き続けました。

母性に満ちた慈善家としての活躍

女優として活動した後はユニセフに参加し、恵まれない人々への援助活動に人生を捧げました。

美しさと知性に加え、母性に溢れた優しい彼女は63年(1993年)という年月に幕を閉じました。彼女の作品や晩年の活動は、これからも語り継がれることとなるでしょう。 

まとめ

 いかがでしたか?彼女の生き様や信念が表れている名言がたくさんあったのではないでしょうか。

女優として眩しいスポットライトを浴びたオードリヘップバーンですが、その人生は最初から最後まで華々しいものではありませんでした。

しかし、それを吹き飛ばす彼女らしい言葉がそこには綴られていたでしょう。

オードリヘップバーンは女優としても世界に影響を与え、またその生きざまから生まれた珠玉の言葉に感銘を受けて、人生を立て返した方も世界中に数多くいます。

身体的に美しいだけじゃない、女性なら誰もが憧れる儚く強いそんな女性像を表す名言の数々を是非心に刻んでみましょう。

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